誓って言っておく。
俺にとって、それは極めて素朴な疑問だった。
同時に、今更それを口にするにはそれなりの勇気を必要とする質問だったことも、認めないではない(少なくとも十人くらいの敵を相手にする方がまだマシだね)。
だからこそ戦略上のセッティングにはこだわった。
ターゲットはミックだ。その「質問」をするのに、こんなにふさわしい相手も他にないだろう。女の子たちの意見は残念ながら参考にならないからな。
真っ正面から聞くのはちょっとばかしためらわれる質問内容だから素面でない方がありがたかったが、夜の街に繰り出したらいらぬ方面から俺たちの会話が洩れないとも限らない。よけいな耳目のある場所じゃだめだ。
だから、飲みながら話す案はパス。
ちなみに美樹ちゃんの店なんてもってのほかでね。
となるとウチがいいって事になるだろうが、香がいる時には絶対に出来ない質問内容だ。あいつがうちを空けるっていえば昼しかない。この時点でへべれけに酔って見せた状態で聞き出すっていう案は捨てざるを得なかった。まったくの素面ってのは避けるにしても、今回ばかりはマジで聞こうと思ってるんだから、まあいいか。
香が出払っている時間帯を見計らい、ミックを家に呼び込む。それが取りうる手だての中では最上らしい。が、それだって言うほど簡単なことじゃあないんだぜ? なんと言っても「どんちゃん騒ぎに行くならともかく、カオリもいないってのになんで昼日中からおまえとおしゃべりしなきゃならないんだ?」などと言って肩をすくめるやつの姿が目に浮かぶ。
まあ、俺だってやつに家に上がって行けと誘われたらうさんくさいと思うわな。
だから、まずやつを家に呼び込むまでが一苦労。
さらに前日の晩(当日の明け方までっつーか)しこたまやつに飲ませておいて、俺も俺で飲んだフリなんかして二日酔い状態をオプションでつける。
こうして、完璧とは言い難いなりにもまあまあ上出来な部類の戦場が出来上がったわけだ。戦場なんて多少の有利不利はあっても、片方にとって完璧なんてあり得ないわけだし。
っていうか、誰と誰の戦いなんだか。
「や〜、昨夜はよく飲んだよなあ」
から笑いする俺の前で、ミックは青い顔をして額を抑えている。
「リョウ……なんで、おめぇは大したことなさそうな顔してんだ。おまえだってオレと同じくらい飲んでたはずだぞ」
俺を下から伺うブルーの目つきはいぶかるというより純粋に不審がっている。俺はゆっくりと深刻なフリを装った。
「……いや、実は俺も気持ちワリぃ」
「当ったり前だ……。酒の飲み方も知らねえガキじゃあるまいし、あんな飲み方……っつうか飲ませ方しやがって」
Shit!と呟いてひとつ舌打ちしたミックは、忌々しげにひとんちを見回した。
「おまけにカオリもいないじゃないか。昨日のおまえの騒ぎっぷりを報告してついでに慰めてもらおうと思ってたのに」
「おまぁはンなこと考えてたのか。かずえちゃんに言いつけっぞ」
言ってから、(あ、しまった)と思った。
おまえも物好きだよなあ、なんて言えば会話のとっかかりになったかもしれなかったのに……。
いや、でもそれだといつもの会話になっちまってきちんとした質問にならないか。わざわざ労と財の両方を投入してセッティングした舞台なのだから、つまらないことでダメにしたくはない。
自分で淹れたコーヒーをずるずるすすりながら、さてどう切り出したものかと考える。
そもそも、俺はなんで今の今まで話の切り出し方なんて肝心なことを考えてなかったんでしょう?
「ミック、あのさぁ」
意を決して声を掛けると、
「あぁ?」
とガンをたれる不良中学生みたいな声が返ってきた。
日本人に比べればアルコールに強いと言われるアングロサクソンでもやっぱりむちゃくちゃ飲ませりゃ二日酔いになるわけだ。いい子といい大人は角瓶でイッキなどくれぐれもしないようにな。
「いや、ちょっと真面目なハナシ」
「……」
口を利くのもおっくうなのか、うさんくさいものを見る目で見上げてくるだけだ。
まあ、それでも反論しないところを見ると聞いてくれるつもりはあるらしい。話がすんだら成仏してくれ、と俺は心の中で手を合わせた。
「聞きたいことがあるんだわ」
「とっとと言え……」
やばい、コイツ目が据わってきてる。
「あんま気持ちワリぃなら吐いてくるか?」
「それがおまえの聞きたいことかよ」
即答で返ってきたセリフにいやいやいやいや、と俺は手を振った。
「そうじゃなくてだな、」
まったくもって野戦で二十人を相手にする方がはるかにマシだ。
俺はふーっと大きく息を吐き出して、覚悟を決めた。
「香ってさあ……もしかしてカワイイのか?」
「…………What's?」
ぽつりとミックはそう漏らして、フリーズした。
うむ。
その驚きは良くわかるぞ、友よ。
もうずーっとずーっと香はブスだのなんだのと言ってきた俺が今更こんなことを真面目なツラして聞いたら、そりゃ驚くよなあ。
俺がしみじみしていると、フルフルとミックが震え始めた。
相手の体調を思い出して俺は我に返る。
これはマジで吐くか?
思わず身構えた俺は、けっきょくそれに救われることになる。
次の瞬間、ぴゅっと何かが空を切った。
「うぉわああっ!?」
無言で投げつけられたダーツもどき(もどきとはいえ殺傷力は本家ダーツの矢では足元にも及ばない)を本能だけで俺は避けた。反り返った俺の眉間の上1インチの距離を矢が中央左右と三本、時間差で通り過ぎて後ろの壁でトスッと軽やかな音を立てる。
中央を飛来した最初の一撃を横に動くことで避けていたら残る二本の片方は間違いなく刺さっていた、という位置関係だ。本能様々。
……違う。そういう問題じゃない。
「ミックてめぇ何しやがるっ!」
反り返った体勢から戻る勢いそのままに怒鳴りつけると、
「ふざけんのもたいがいにしろっ!!」
倍の勢いで怒鳴り返された。